大学院改組アンケート結果(2026/3実施、回答数33)
Q1 「学部・修士5年一貫教育の制度化」について、議論・改革の前提が十分に共有されていると思いますか。
1(十分に共有されている)…1(名)
2(ある程度共有されている)…1
3(あまり共有されていない)…15
4(まったく共有されていない)…16
Q2 「学部定員数の削減・大学院定員数の増加」について、議論・改革の前提が十分に共有されていると思いますか。
1(十分に共有されている)…1
2(ある程度共有されている)…3
3(あまり共有されていない)…13
4(まったく共有されていない)…16
Q3 「実務家養成専攻・コースの新設」について、議論・改革の前提が十分に共有されていると思いますか。
1(十分に共有されている)…0
2(ある程度共有されている)…2
3(あまり共有されていない)…7
4(まったく共有されていない)…24
Q4 「語学教育に携わる教員数の削減」(例:「小語科」における専任一人体制の構築)について、議論・改革の前提が十分に共有されていると思いますか。
1(十分に共有されている)…0
2(ある程度共有されている)…1
3(あまり共有されていない)…8
4(まったく共有されていない)…24
Q5 Q4の議論・改革の前提となっている「語学教育におけるAI学習ツールの導入・活用」をどのように評価しますか。
1(積極的に導入・活用すべきである)…4
2(運用について十分な議論をしたうえで導入・活用すべきである)…4
3(導入・活用すべきではない)…6
4(判断できるだけの情報を知ら(されてい)ない)…16
5(どちらでもよい)…0
その他(自由回答)…3
・運用について十分議論をした上で、導入・活用するかどうかを決めるべきである
・議論の前提が不明
・AI発達の方向・速度や性質が、短期的にすら予測できない現時点で、安易にAI学習ツール利用を前提として改革を設計するのはリスクが高い。
Q6 以上の大学改革構想に関して、待遇面・労働面での懸念事項はありますか。(複数回答可)
1(労働時間の増加/研究時間や自由時間の減少)…25
2(業務負担の増加)…24
3(業務量と給料のギャップの放置・拡大)…22
4(特になし)…2
その他(自由回答)
・人間関係の悪化
・人材流出(ある程度キャリアを積んだ教員の他大学への異動の増加)
・挙げていただいた選択肢は全て不安ですが、同時に外語大の根幹となる小地域言語の教員を削るのは、大学自体の長期的存続に関わると思います。
・生協との契約の見直し、というかたちでの突然の、印刷センターで働くひとの実質的「解雇」。手続き的にとてつもなく問題がある。そして、教育のインフラストラクチャーを破壊する許しがたき行為。いわゆる「たふさぽ」の「閉鎖」も、教育のインフラストラクチャーの何たるかをわきまえない愚劣きわまりない破壊行為。
・組織の改革に伴って、私自身の雇用が維持されるかどうか分からない。現時点でも学生アルバイトは1年契約で、更新は使用者側の意向次第という不安定な状況なので、合理化のために学生アルバイトの人件費が削減されるのではないかという不安がある。
・業務量削減は、現在学長が進めている改革の意図の一つであると理解していますが、逆の結果にならないよう議論を尽くす必要があると思います。
・大学(大学院、学部共)が提供する教育の質の保証
Q7 大学改革構想に関して、他に懸念事項はありますか。(複数回答可)
1(学生(特に院生)に関して十分な研究指導が行なわれなくなる)…22
2(「実務家養成」教育の具体的な中身が不明瞭である)…24
3(「実務家養成」教育と研究に関する教育とを同じレベルで両立できるかわからない)…18
4(語学教育など、「実務」に直接関係しないとみなされた教育・研究の軽視・削減が進む)…20
5(大学運営・教育に外部企業の意向が反映されるようになる)…21
6(研究機関としての大学の地位・意義が低下する)…25
7(多くの学生・院生の実際のニーズと乖離している)…16
8(特になし)…1
その他(自由回答)
・「産学」という言葉に象徴されるように、「社会連携」なるものが産業界に限って求められていることが大きな問題だと考える。自治体や市民社会など、経済・産業分野を超えた広い社会との関わりが想定されていない。大学を経済性と生産性の論理に組み込む道具にする一方で、そうした論理から守られるべき社会の重要な制度や機能を軽視しているように見える。大学における実務家教員の役割を否定するわけではないが、「実務家教員」像を改めて再検討する必要があるのではないか。例えば社会問題に取り組む弁護士や市民団体メンバー、ソーシャル・ワーカー、権力を監視するジャーナリストなど、広く社会において重要なアクターが含まれルべきと考える。
・言語研究が「実務」に直接関係しないとみなされ、教育・研究の軽視・削減が進む。(語学は実務に関係する気がする)
・大学院の定員をすぐに拡張すると、労働負荷が跳ね上がる。博士後期生の指導は精神的サポートも含め、学部生・前期生の何倍も手間暇がかかる。現場の感覚では、学部生の10人分以上、前期生5人程度の負担感がある。どのような学生を受け入れるのか、どうやって育てて修了させるのか、もっと具体的なビジョンが欲しい。現場はすでに疲弊しているので、丸投げして問題が起きてから大学として対応する方式だと、真面目な教員ほど倒れるリスクが高まる。
・大学執行部が使う「大学改革構想」なるものを、カギ括弧もつけないまま、言葉として流布させてしまうことじたい、おぞましい行為。「構想」などというものの名に値しないものをーーここでは縷々、理由を説明することを省く。そもそも、理念もへったくれもないものを「構想」と呼ぶことができるのだろうかーーをどう扱ったらよいのか。
Q8 大学が現状抱えている問題点を改善するうえで、どのような改革が望ましいと思いますか。(自由回答)
・この問いじたいがナンセンス。Q7への「その他」の項目で書いたように、組合が「」も付けないで、「どのような改革が望ましいと思いますか」などと問うべきではない。このかんの問題の所在は、はっきりしているだろう。現大学執行部が存続していることが、最大の「大学が現状抱えている問題点」であろう。とすれば、「改善するうえで、どのような改革が望ましいと思いますか」といえば、現行の大学執行部の即刻退陣だろう。あまりにもひどすぎる。昨今では、学長のみならず、副学長ふたりとも、がである。おふざけで言っているのではない。 「大学が現状抱えている問題点」などというものは、何もない。大学という組織の個々の部分が、それぞれ自前で振り返り、自前で工夫をこらし、取り組むべきことがあるだけだろう。大学全体などというものを想定することが、おそらくは、「学長」なる張子の虎にすぎない存在の、たまたま手にしたナイフを、使い方を知らないままにぶん回し、周りをただただ傷つけるために使わしめてしまうのだろう。大学全体なるものはない。物象化的錯認! 大学全体をまとめたり、リードしたりするかのような存在とみなされている「学長」なるものは、そうした錯認の三千条のうえに重ねられた「空中の楼閣」(だけれども、どういうわけか、「権限」なるものが付与されている、かのように錯認されてもいる)。あるのは、日々の学生と教員とのやりとりと、それを支える日々の事務の仕事だけだ。教職員どうしの連絡関係は、いまもって、この大学でもできているわけでもない。ときおり、問題を限定して、協力して事態に対処することがたまたまできてきたにすぎない。
・たとえば大学院生を増やしたいというのならば、大学生の院への進学をはばんでいる就活圧力を減らすような教育に力を入れた上で、無理に就職するよりは大学院で勉強する選択肢が魅力的であることを積極的にアピールするやり方もあるのではないか。じっさい私の個人的な経験からいっても、就活で自由時間をとられてしまい、もっと勉強したかったという学生の声は切実であるし、また就活を蹴って大学院まで自由に勉強したいという欲求をもつ学生も思った以上に多い。 じっさいに労働市場が「売り手市場」なのにもかかわらず、おそらくは就活産業で儲ける企業が学生を恐怖で脅すことで就活早期化に拍車をかけており、そのせいで必要以上に就活に労力を割いている学生は多いはずである。そのような就活圧力に対抗して、教養ある人物を養成するうえでも、学生の自由時間拡大とリベラルアーツ教育に重きを置いた大学院重点化という方針は、学生の実態調査を踏まえねばならないが、独自性ある改革方針にはなるのではあるまいか。少なくとも学力と見識を備えた学生は集まるのではないか。
・学部定数削減、大学院定数増加に向けた改革は進めざるを得ないと思います。しかし「5年一貫」をあまり強調するのは得策ではないように思います。進学の負担感を減らして学生を呼び込む策としては、検定料や入学料の免除などもありうるのではないでしょうか。 様々な例外的コースも想定するにせよ、学部では卒論、修士課程では修論を完成させるという教育方法が基本であるべきですし、一定以上の水準の修論を完成させるには卒論提出後2年程度の時間が必要です(就職活動も考慮すればなおさら)。むしろ、意欲的な学生が卒論を3年生のうちに提出したり、修士課程進学後1年間は留学に行ったりと、学部~修士の6年間(人によっては5年)を柔軟に使って2本の論文(またはプロジェクト)を仕上げることができるようなカリキュラム改革(特に学部・大学院のカリキュラム上の接続性の向上)に注力してはいかがでしょうか。
・本学のブランド価値と実態の乖離を解消するため、以下の3点を経営リスクとして解決すべきです。ただし、これらを実行するにあたって「現場の負担増」を看過することは、さらなる組織崩壊を招く二次的な経営リスクであると断言します。 ○入試改革: 地域研究における「地理」の導入や、AI人材育成のための理数科目(数学A、物理等)の必須化。 ○大学院改革: 修士課程における英語論文執筆の標準化。 これらの改革は、現在の教職員の業務密度では実行不可能です。入試科目の再編に伴う事務プロセスの簡略化、英語指導を補完する専門スタッフの配置、さらには既存の付随業務の思い切った削減など、「現場負担の軽減化」をセットにしない改革案は、絵に描いた餅に過ぎません。 経営層には、理念の実現と現場の持続可能性を同時に担保する、責任ある制度設計を求めます。
・短期的な対応:大学院の定員充足については、中高年層を第二のターゲットにする。中年についてはリスキリング、シニアについては認知症を防止し、豊かな老後の人生を送るための社会貢献を打ち出す。国際社会コースについては、現役時代としての経験を事例研究として博論にするなど。これはこれで指導が大変だが、院生の修了後の心配をせずに済むのは助かる。本気でプロの研究者として育てる従来型の院生とは別に、キャリアアップ目的の中年院生、人生の楽しみとしての学問を追求するシニア院生を受け入れる。コースを分けても良いが、共通して受けられる授業は必要。なお、このような年代の異なる院生が入り混じる場合、ハラスメント対策の強化は必須。
・改革そのものに入る前に、(先般の認証評価のための学年暦の変更など)改革をしなければ「本学の存続が危ぶまれる」ような問題点がどれほどあるのかを列挙する必要があると思います。挙げられた問題点に優先順位をつけ、どこから手をつけられるのかを見定めるべきでしょう。この数ヶ月の間でも語学教育、大学院、学部改革について次々に案が提示されていて、現場の教員はほとんどついていけていないのが現状です。それからどうしても気になってしまうのは、大学執行部の提案が十分に考えられていないまま出されているように見えることです。異論を取り入れ、練り上げていく作業が行われているのでしょうか。
・①大学院と学部を含め、現体制に編成される際に意図したことが何であったかを再確認する。 ②意図したものがこれまでどれだけ実現できたかを確認する。 ③①と②以外の観点からも、本学の教育の現状や問題点を把握し、できていること、できていないこと、それぞの要因を分析する。 ④①、②、③に基づいて改革を考える。今の改革案は、表面的な問題点の指摘から理由づけがされているが、現状の把握も問題の分析も全く不十分である。文部科学省の政策に沿った改革を進めるために、都合の良い理由をつぎはぎしているだけのようにも思える。
・改革の中身というよりもそのプロセスに関する話になりますが、大学執行部のリーダーシップだけでなく、構成員からのボトムアップの意見の収集と共有が現在以上に必要だと思います。また、以前に本学で学部・修士5年間の一貫教育を行う特化コースが導入されたものの、必ずしもうまく機能せずに廃止になった経験など、本学や他大学の過去の事例からも学ぶ必要があるように思われます。
・対話の機会が圧倒的に足りておらず、タテ・ヨコのつながりもすくない脆弱な組織になってしまっている。構成員が大学運営により民主的に参加できるような体制で、ステークホルダーとなる教職員や学生の意欲が湧くような改革にもっていくのが望ましい。
・まず、大学がさらされている状況に関して十分な情報共有をしていただきたいと思います。その上で現場の教員と何が望ましく何が不可能なのかを話し合う体制をつくってほしいです。
・学生定員削減による学力水準の維持。 組織簡素化による業務量の削減。留学生学費大幅値上げによる、学生負担の適正化。学生に提供する授業数削減による、研究重視の明確化。
・拙速な改革を行うよりも、学生や教職員がどんな懸念を持っているか、そもそも大学の現状に不満があるかを、大学執行部側が虚心坦懐に聞くべきだと思う。
・内部からの問題点の洗い出しが必要と思う。どのような一流を持っているのか、それを伸ばすにはどうしたらよいのか、という議論がないように見える。
・当事者(教職員・学生)から広く意見を収集した上で、根拠に基づく改革が必要である。現状では、改革ありきでその根拠がないか曖昧である。
・会議の縮少=教授会前の諸会議で路線確定をやめて、すべて教授会に投げ込んで大いに議論。さすれば自動的に民主主義的各全員討議ができる
・一般入試において数学の比重を増やしたことで受験者数が減少した経緯から、数学の比重をかつてのように戻す方向を探れないだろうか?
・教員全体に開かれた十分な議論の上での改革を望む(今は情報共有さえ十分でないと感じる)
・学長及び大学執行部による一方的な意志決定のプロセス見直し
・理論研究の推進、研究の意義を発信、語学授業の充実
・開かれた討議 実務家志向の停止
Q9 本学が目指すべき教育に関して意見があればお願いします。(自由回答)
・外大の強みは地域言語と地域研究に根ざした学際的研究・教育にあると考える。経済産業界と連携する実務教育(ビジネス・スクール)なら、同じ国立大学ではすでに一橋大学があり、外大が後追いする意味はない。また、「英語で教える」というだけでは、すでに数十年前から存在する他大学(ICU、秋田教養大学)の後追いである上に、他大学に専門学部(法学部、経済学部、社会学部など)を備えた大学があるので(それらの大学も既に英語化しつつある)、たいした強みにはならない。すなわち、改革をするのであれば、日本で唯一外大だけで学べる言語を多数抱えているという強みを活かす改革でなければ意味がなく、逆効果であろう(私自身は、大規模語科に所属するが、だからこそこのように考える。大規模語科の地域の専門家は日本国内にもそれなりにいるため、外大で学ばなければならない必要性はそこまで高くない。英語と同じである)。そして、これだけ多くの地域や言語の専門教育を行なっている土台があるからこそ、現代社会(国際社会と日本国内の社会)における多文化社会の分断や格差に立ち向かうための知的対話の場としての役割を担えるのではないか。むしろ、そちらに力を入れる方が意味のある改革につながるのではないか。社会連携を強める(実務家教員を雇う)というのなら、「多文化共生」や「国際平和」のために「外国人」「移民」「難民」を支援する行政書士や弁護士、ないし国際機関職員・NGO職員等を招く方が、よほど外大としての強みを強化できる方向性ではないか。また、留学生だけでなく、日本で生まれ育った世界の様々な地域の継承語を持つ(「外国人」の親を持つ)子どもたちの集まる場として、そうした子どもたちが、日本語と同時に自らの継承語を専門的に学び、他の教員・学生と知的創造を繰り広げる場、さらにそれを社会に発信し対話を促す場として、重要な役割を担うことができると思う。
・本学の強みは、語学教育に留まらず、特定の地域を多角的な視点から分析する地域研究の手法を確立している点にあると考えます。地域研究で培われる現地の文脈を深く理解し、複眼的に事象を捉える手法は、卒業後にどのような職種に就いたとしても、異文化理解や多角的な問題解決に応用できるものです。また、3年次以降に学問分野を深める際、特定の地域に関する深い知見を有していることは、抽象的な理論を具体的に検証するための強みとなります。また、他大学では決して学ぶことのできない専攻言語は、本学の強みであり、今後も堅持すべきだと思います。
・何を目指すにしても、長い歴史を持った本学がこれまでにしてきたことの延長線上に位置付けていく必要があります。外国語学部時代が終わった後の現在の3学部体制がようやく整った段階で再び改編するとなると、この期間に卒業していった学生たちに対して非常に申し訳ない気持ちになります。ようやく言語文化、国際社会、国際日本という学部名が馴染んできて、入ってくる学生にも学部ごとの個性が備わってきているように感じています。現在の体制をうまく利用しながら、必要であればマイナーチェンジで時代に対応していくようにするべきと考えます。
・語学教育はやはり外大の特色であり、一二年生時にそれの時間数が多いことも外大独自の特色で維持すべき。ただし、その語学教育に資する・を応援する文化・文化・社会型授業(ゼミ的な)を、一二年生時から開始し、より語学授業が面白くなるような態勢が、入学時の早くからできないものか。その代わりに、教員の授業負担は学生三、四年時にはゼミ2コマのみ(講義兼解読ゼミと卒論ゼミ)、とするなど軽減させる。大学院も修士課程と博士課程の授業は合体させて1コマのみ、これに修士論文指導ゼミ1コマ、とするなど。
・本学が目指すべきは、高度な地域研究(言語・歴史・地理)の素養と、現代の必須言語である「データ・AIリテラシー」を兼ね備えたハイブリッドな人材の育成です。 単にAIを「使う」だけでなく、現地の文化や文脈を深く理解した上でテクノロジーを適用できる人材こそが、多文化共生社会のリーダーとなり得ます。この実現には、入試段階での理数・地理教育の担保と、学部・大学院を通じた一貫したデータサイエンス教育の体系化が不可欠です。
・教育にかんして、何かを目指そうとすることじたいが、はなはだ問題的かもしれない。コスパやタイパと「真逆」なことをどれほどできるかが重要。学生たちは、学ぶ力をそなえている。わたしじしんのプラクティスを振り返ってかんがえてみるなら、どのようにして、マル・トリートメントを減らしてゆくか、それが、自由で闊達な、学生たちの学びを活性化する、と考えたほうが良いのではないか。
・日本を含む世界各地域の現場から地に足の着いた視点で世の中の課題を発見し、解決の道筋を探ることができ、逆に、世界的な広い視野からローカルな現場の課題を見出し、解決の可能性を探求できるような人材の育成が、本学の目指すべき教育ではないかと思います。
・本学が従来から培ってきた強みを最大限生かすべきだと思う。 この一年間に新学長体制で行われた改革の数々は、残念ながら本学の強みを全くといってよいほど省みず、むしろそれらを破壊する方向であったと言わざるを得ない。
・それを述べるには、回答者も準備不足である。Q8で答えたように、本学の教育の現状や問題点を把握し、できていること、できていないこと、それぞれの要因を深く分析することから始めなければならないと考えている。
・語学授業の拡充が必要(外語大の売りである専攻語学授業のコマ数が少ない)、言語学教員を補充し語学授業の理論的充実を図る。
・大学が学問の真理と倫理を追求する場であるという理念にもとづく教育研究構想の再確認
・留学生を含む、多様性を活かした言語・地域についての学び合いの場。
・人権や共生など普遍的な価値の実現に寄与する教育が望ましい。
・リベラルで外に開かれた校風は守ってほしいと思います。
・多様な言語・地域を柱にすることを再確認すべきと思う。
・小さな良い大学。
Q10 その他ご意見あれば聞かせてください。(自由回答)
・1. もしも望ましい改革について議論するのであれば、ボトムアップで本学の学生、職員、教員がどのような問題に直面しているのかを調査しそれを分析してから改革案を出さねばならないだろう。実態調査なくして、改革案なし、と言いたい。 2. Q8のいう「大学が現状抱えている問題点」のかなり大きな部分は、じつは新学長体制のこの1年間で矢継ぎ早に、強行された改革が引き起こした害悪なのではあるまいか。新学長体制でおこなわれた改革がどのような効果をもたらしたのかについての正確な検証なしに、改革に着手することは正当なことだとは到底思えない。 この一年間に行われたことを思い出せるだけ列記してみる。 ・15週授業への時間割変更を翌年度から強行(学位授与機構の側から、翌年度から開始することで非常勤講師などに不利益変更がないかと指摘された) ・大学院改組の開始(WGが発足するも、改組の方向性が決まらないうちに、すでに人事が先に立てられ、教授会をとおさずに改革のための教員が雇われた。) ・4大学協定を5大学協定に変更 ・言語教育のあり方をめぐる懇談会で「小語科」を一人で運営可能な体制にする考えが提示(AIを利用するという案もあり、すでにポルトガル語科で試験的にAIによる教育ツールが開発され、それがうまくいったら他に応用するのだという考えが示された) ・大学院改組案を文部科学省に提示する直前というタイミングで、その案が教授会で提示されたが、そこでは学部の改組案に着手する案が示されていた(学部長にさえこの件は直前まで知らされていなかったとのこと) ・印刷室営業の縮小(教育AOでの決定が教授会で3月に報告。生協との契約変更とのことだが、実質職員削減ではないか。翌月からいきなり縮小というやり方は酷い) ・たふさぽの閉鎖(これはまだ側聞しているだけであり、教授会での報告さえないままだ) 覚えているだけでこれだけのことが起きている。ほかにももっとあるに違いない。 さて、もし可能なら、組合で、この一年間で新学長体制下でおこった改革を一覧にして、どんな問題があったのかを、ごく簡単でよいので、書いて公開してみてはどうだろうか。おそらく研究者は凝り性なので、大量かつ緻密に書こうとして、すばやく簡素にブログ記事を書くには不慣れかもしれないのだが、いま必要なのは質というよりは、スピードとフットワークの軽い連続的な短評のようなものだと思われる。 私見では、本学では改革を推進する側は「絵」をもっているが、それにたいして個々の教員は(職員も学生も)個人的に反対していても、全体像をつかめずにいるように思われる。 おそらく組合が唯一、強行される改革に対して、ある一貫した観点で批評することのできる(その意志と能力を有する)アクターになっている。これはいまの本学にとっては非常に有益であり、組合活動の必要性や社会的重要性を高めるよい機会になると思われる。
・今年度が始まって以降、大学執行部と個々の教員の間で信頼関係が構築されていないように感じられます。このまま改革案が進められてしまうと、教員の士気は低下し、それは教育や研究に影響を及ぼし、当然学生たちにとっても悪影響で、その先には大学イメージの悪化が考えられます。どうにかして執行部と教員たちの間で最低限の信頼関係が結ばれるような状況が作られるべきですが、現状その展望が開けない、あるいは今後はもっとこの状況が悪化するようにも感じていて、悲観的にならざるを得ません。近年、組織マネージメントにおいては、構成員の心理的安全性を保証すること(発言の自由、配慮や信頼関係の構築)が重要で、そうしないとパフォーマンスが上がらないのですが、その心理的安全性を付与する側(大学執行部)は果たしてそういう努力をしているのでしょうか。なんらかの改革をするのであればなおのこと心理的安全性は重要だと思います。こう書いていると、なんだか危険な域に入っている気がしてきました。誇張ではなく恐怖を感じる瞬間もなくはありません。これは私一人に限ったことではないと思います。 ・組織の改編に伴う事務作業は膨大で、労働環境は確実に悪化することになります。過重労働などはあってはならないと考えます。すでに多くの教職員が身を捧げて本学のために働いていることを考えれば、これ以上の仕事をこなすことは難しいのではないでしょうか。 ・それから組合への意見ということではないのですが、この改革案が進められると2030年入学から新学部生となります。この4月(2026年度)に入学し、5年で卒業する学生たちは、新しい学部の入学生を見ることになり、在学中のどこかの段階で自分のいる学部がなくなることを知らされます。 ・つまり非常に差し迫った問題であり、そのための話し合いの場が持たれるのかどうかもわからない状態では、話し合いの機運が高まるどころか、先ほど述べたように士気の低下が懸念されます。多くの教員が多くの委員会委員を兼ねている現状では、現在の時間を超えて会議をこなせる教員は数少ないのではないでしょうか。 ・今後組合の果たす役割は大きくなると思います。どうか多くの構成員の意見を集め、それを執行部に届けたり、適切な話し合いの場を作るようにして欲しいと願うばかりです。どうぞよろしくお願いします。
・どのようにしたら反撃できるのか。一日三秒くらいそのことばかり考えているけれども、あまりいい知恵が浮かばない。来週は、どんな攻撃がでてくるのか、そんなことをかんがえる職場ではたらくのは、ほんとうに嫌気がさす。胸くそ悪い。こんな日々をすごすのは、長年、外大にぶらさがっていて、はじめての経験、かもしれない。来週には、来月には、三か月後には、……どうなっているのか、とおもうと、動悸が押し寄せてくる。冗談を言っているのではない。堕ちて、堕ちて、堕ちて、……徹底的に堕ちていって、収集がつかなくなって、とんてもないことが起きて、ようやく反省する、のだろうか。そのさなかで、こわれてゆく、こさわれてゆくひとたちがワンサカ出ることだろう。ーー大学という場であれば、かならずや、しわ寄せは学生、もしくは(立場の弱い位置におかされてしまう)事務のかたがた、だろう。 ともかくも、問題のたてかたじたいを根本から変えてしまうような、ゴール前のロングパスが必要だと思う。おかしなことが起きていてもおかしいと感じられなくなっていることじたいがとてもおかしい。悲しすぎて涙もでない。多くの人が「解離」してしまっているのではないか。ーー対面の教授会であれば、怒号が飛び交うような事態なんではないのか。しかし、怒りを向けるべき相手が目の前にいない場面で怒ってもむなしいだけだ。 このこととは、別だがーーとはいえ、冒頭の段落に記したことと関連するがーー、若い事務のかたがたで定年などよりもはるかに手前で退職されるかたが出てきている。そこまで事態は深刻なのだ、ととらえるべきだろう。具体的なお名前はここには記さないけれども、心身を消耗させるロウドウを強いられている事務職員が少なくないのではないか。優秀なひとであればあるだけ、そのように、「どうして、こんなことをしなくてはならないのか。理由がまったくもってわからない」仕事を「業務」として命じられる。そんな表になっていない「声」を拾いあげる必要もあるように思う(けれども、手立てが思いつかない)。「一身上の都合」とかで片づく問題ではない。「一身上の都合」=「パーソナル」is「ポリチカル」。
・「小語科」における専任一人体制の構築について 専攻学生数が少ない言語であっても、その地域に精通した人材を毎年一定数輩出し続けることは、日本の外交、国際協力、学術研究、ビジネスにおける知的基盤を維持することに繋がります。卒業生が外交官や国際機関、民間企業等で活躍する背景には、本学で学んだ地域理解があると考えます。たとえ卒業後に直接その言語を用いない職域に進んだとしても、その地域の理解者を国内に育てることは、中長期的な国益にも直結すると考えます。 また、専任教員は、授業のみならず、各国の協定校や大使館との連絡調整、学生の留学支援など、多大な業務を担っています。これらを1名体制にすることは、教育・研究時間の著しい削減を招くだけでなく、不測の事態の際にその言語圏とのパイプが完全に途絶えるリスクもあると考えます。
・2月12日の教授会で学長私案として提示された案の中には、現在の3学部を1学部にまとめる(大学院では職業人養成コースとして性格付けできる部分を独立させる)方向の改革案が含まれていました。あまりにも小規模な国際日本学部があまりにも多くの任務を負い、かつ学生の履修上の選択肢が限られてしまっている現状に違和感を持ってきた者としては、学部をまとめるという改革の方向性を好意的に受け止めています。ただしこれは、過去の改革の中で積み重ねられてきた議論を踏まえ、今後数年単位の時間をかけて構成員全体で検討すべき問題だと思います。
・少子化というマクロな要因に加えて、本学の学部や大学院の志願者が持続的に減少する傾向にある個別の要因も考えますと、本学が今後も社会に貢献できる研究教育機関として生き残るためには、何らかの変革を求められていることは間違いないと思います。しかし、その改革が本学が本来持っている強みを生かすものとなるためには、構成員の意見を十分に反映した改革である必要があるとも思います。執行部と構成員との間での情報や認識の共有をより密にしていくことが重要ではないでしょうか。
・残念ながら、現在の大学の執行部の考えや動きに対しては、教員として常に緊張感を持っていなければならない。それが、ただでさえ大変な業務に追われている教職員をさらなるストレスに晒していることを執行部にはよく自覚してもらいたい。組合にも負担をかけることであるが、適宜、こうしたアンケートを行なってもらい、大学の行く末がよからぬ方に向かわぬよう、執行部を牽制する役割を期待している。
・大学・院改革の背景には、少子化社会において留学生で穴埋めするために学部教育を英語化するという論理があるように見えるが、仮にこれが政府や文科省の目指すところであるならば、まずは率先して排外主義的な政策や政治家の発言を禁止し、外国人学生が生活・勉強するに値する反差別・人権重視の社会環境を整えるべきではないか。
・新しい教育体制の略称として「GID」が用いられていますが、これは一般的に「性同一性障害(Gender Identity Disorder)」の略称として広く認知されています。多文化共生を掲げる本学において、この用語を多用することは、社会的・経営的なリスクを招く懸念があると考えます。
・大学改革が労働者(特に不安定な非正規労働者)を切り捨て、学生にも不利益を与えるような展開を想定して、その際団結して十分に対抗し、学外の世論も喚起できるように、教職員組合と学生の連携を強化すべき。必要であれば、大学院生を中心とした学生の組織化も検討すべき。
・大学の将来に関するあらゆる事案において、情報があまり共有されないまま、ある決定しないといけない状況が続いていると思います。不安と閉塞感を覚えています。十分な議論と情報共有の時間と議論の場を設けることを望みます。
・金は必要だが、儲け主義に走ると企業管理下の下請けになり下がり、企業が儲かる研究しかしなくなる。「文化的、知的発展」がなくなる。結局、理系研究のみが推進され、“文系” の外語大は廃校にされるだろう。
・春名学長の体制になってから、大学運営の独裁的な傾向が強まった。拙速かつ十分な議論の時間をわざと取れないようなやり方で物事を強引に進めるのは良くない。
・危機感を煽って一定の方向に持って行こうとする進め方は慎むべき。何が問題なのかの客観的な分析と共有が先行すべき。
・締切を過ぎてこのアンケートのことを思い出しました。タイミングを逸しましたが、記入できたのでお送りします。
・現場の教育活動を無視して一方的に決定された印刷センター体制変更案の撤回を求めます。
・大きな改革は組織また構成員に大きな負担となりかねないため心配している。
・大学院を拡充するなら、今の図書館の予算では心許ないように思います。
・大学院学生定員の大幅な削減。