2023/11/01

組合ニュース-2023.11.01(2023年度第2号)

日本における大学非常勤講師の労働環境
 現在の日本の大学、特に本学や私立大学において非常勤講師が果たしている役割は大きいにもかかわらず、その労働環境はきわめて不安定である。しかも、非常勤講師の労働環境は社会問題化されているとは言えない。なにしろ、文科省は一度も全国の非常勤講師の実態調査を実施したことがないのである。
 そこで、簡単ではあるが、この場で非常勤講師の労働環境の現状を概観し、問題共有をしたい。

1. 非常勤講師の賃金体系:回数制(国公立大)と月給制(私立大)
回数制:国公立大学の多くで採用されており、基本的に時給制(4,500~6,000円)、各月の授業回数で収入が変動。1回の授業は準備等を含めて2時間とみなされ、おおよそ9,000~12,000円。一ヶ月(週1回・月4回)で36,000~48,000円となる。長期休暇等授業がない期間は無給となる。
月給制:私立大学で多く採用されており、回数制の無休問題に配慮し変更されたものだとされる。賃金水準は週1コマ(90分授業)につきおおよそ月額25,000~30,000円と設定されている。
 実質的な支払い額は、回数制でも月給制でもほぼ同額で、半期6ヶ月(15回授業)で135,000~180,000円程度に留まり、その実態は低賃金というほかない。実質的に生ずる学校事務や採点業務等の膨大な付帯業務が一切労働時間に算定されないため、無賃労働と化している。また、非常勤講師の場合専任のように定期昇給もないため、10年以上継続しても賃金据え置きで働かざるをえない現状がある。
 こうした低い賃金水準について、大学側からは合理的な説明はない。「非常勤講師には授業以外の公務負担がない(ゆえに専任と賃金格差がつくのは当然)」「給与には授業に関わるすべての業務に対する報酬が含まれている(ゆえに授業時間外の労働に報酬は支払わない)」等が、非常勤講師組合等による賃上げ要求を拒否する際の常套句であり、このような詭弁を弄して、ほとんどの大学が非常勤講師の賃金をここ十数年間上げていないのが現況である。

2. 非常勤講師と研究費等の費用
 多くの大学は非常勤講師を研究業績に基づいて採用するにもかかわらず、採用後は非常勤講師を研究者として扱わない。例えば、非常勤講師の職務は学生教育にあり、研究は職務に含まれないとして、研究費の支給や研究者番号の付与を拒否する。ゆえに多くの非常勤講師には研究費や有給の研究休暇がなく、科研費の応募もできず、研究用の書籍購入やフィールドワークの経費等が全て自己負担となる。
 また、一時金を支払う大学もあまりない。専任教員には一律に支給されるボーナスを非常勤講師に支給しないのは、厚労省が出している「同一労働同一賃金ガイドライン」に反している。
 なお、本学は、研究者番号を付与している数少ない大学の一つであり、非常勤講師が本学から研究代表者もしくは本学常勤教員の応募する課題に研究分担者として参加する場合は、研究者番号を取得できる。そのことは、評価したい。

3. 非常勤講師の雇用状況:契約形態、コマ数、社会保険~無期転換の実際
 非常勤講師の契約は基本1年契約かつ自動更新の保証がなく、常に雇い止めの心配にさらされている。また大学の制度的改変以外でも心配しなくてはならないのが、時間割担当の専任教員との関係性だという。実質的に、次年度の契約更新や担当コマ数がその専任教員の裁量に一任されているため、専任教員側の個人的/恣意的、かつ、社会的構造に規定された振る舞いに左右されてしまう、という。これは差別にも通ずる場合も出てくるだろう。コマ数の問題でいえば、非常勤は5コマ上限で授業が担当できるものの、実際は1,2コマの契約が多いという。また、社会保険の観点からいえば、複数大学での掛け持ち勤務のために任意の勤務先で社会保険に加入することができず、負担の大きい国民年金・国民健康保険に加入せざるをえない。ゆえに、多くの非常勤講師が抱えるのは、次年度の契約への不安と、複数大学での掛け持ちという物理的/心理的/金銭的負担、さらに、ハラスメントへの防衛・対処となる。
 非正規労働者の不安定雇用の改善として期待されたのが、2013年4月に労働契約法18条「無期転換ルール」で、研究者である非常勤講師も5年連続雇用継続後に無期雇用転換権が獲得できるようになった。しかし、翌年2014年4月に「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律」が施行され、研究開発力強化法(現科技イノベ活性化法)や大学教員等任期法を非常勤講師に適用すれば無期転換の権利行使を10年後まで引き延ばせるという「特例」がつくられた。この「特例」は、大学当局が政治的・経済的・社会的状況に応じ非常勤講師を雇用の調整弁として好きなように「活用」するためにつくられたとみるのが妥当だろう。
 また、「無期転換ルール」が設けられた後も、いくつかの大学は現在に至るまで手練手管をつくして5年での無期転換の阻止を図っている。それは上記の「特例」適用にとどまらない。例えば、立命館大学は5年目以降の契約更新を行なわない「授業担当講師」制度なるものをつくり、本来なら非常勤講師として採用されるべき者を授業担当講師として採用することで無期転換の回避を図っている。また大阪大学は非常勤講師を労働者ではなく個人事業主として位置づけており、非常勤講師との契約も労働契約ではなく準委任契約(業務委託契約の一種)だと主張して労働契約法18条の適用を認めない姿勢をとっている。

参考文献:
井上眞理子(2022)「大学教員にとっての労働問題」『現代の社会病理』37号、日本社会病理学会
江尻彰(2021)「大学の非常勤講師――その現状と労働組合運動」新日本出版社編『経済』313号、新日本出版社
――(2022)「大学非常勤講師の実態と課題」教育科学研究会編『教育』914号、旬報社
――(2022)「大学非常勤講師の人権問題」『人権と部落問題』74巻6号、部落問題研究所
大野英士・松村比奈子(2021)「非常勤講師という「身分制度」――コロナ禍で顕在化する日本の大学制度の恥部」JAICOWS(女性科学研究者の環境改善に関する懇談会)編『非常勤講師はいま!――コロナ禍をこえて』
小野森都子(2022)「大学の未来のために今できること――非常勤講師の労働問題から」『現代思想』50巻12号、青土社